看護部長インタビュー

自分、仲間、職場のよいところを見つけて、 ポジティブに前進していきましょう。

広島赤十字・原爆病院   看護部長   籠島政江さん

看護師になろうと子どもの頃から考えていらっしゃったのですか?

それが、看護師は、高校卒業の時、大学に進むより専門職がいいのではないかと、担任の先生が勧めてくれたんです。中でも、私の日頃の行動を見ていて、看護師が合うのではないかと。この病院の看護学校を卒業してすぐ、ここの小児病棟に就職しました。その後、神経内科の混合となった病棟で5年ほど勤めた後、1年間研修学校へ行き、帰って来て手術室に5年。外科病棟や赤十字の幹部看護師を養成する専修学校にも勤め、こちらへ帰って来ました。


最初、小児科に就職された時も、看護師をやっていくぞという気持ちは薄かった?

看護学校時代、やりがいを感じたこともありましたが、就職しても看護に関して特別な意識はありませんでした。それが、神経内科の患者を観ることになって、医師が薬で症状をコントロールし、患者さんの状態を細かくカルテに記録しているのを見た時、薬が変わったことで患者さんがどう変わっていくかという観察を私がしていなかったことに気づいたんです。「私はちゃんと患者さんを見ていない。」と責任を痛感して、そこから勉強を始めました。

学校ではわからなかった気づきですね。

患者さんの変化が見えてきて仕事が面白くなり、「看護って深いなあ。」と思うようになりました。でもそうなると、自分の足りない部分が見えてきて、すごいストレスを感じ始めました。どうしたらいいのか、その頃はわからなかった。何とかしたいと思うストレスが人に向かっていた時期があって、ただただ厳しくて不機嫌な看護師の時代がありました。そんな嫌な自分を見ているのはいけないと思い、臨床を離れて研修学校へ行ったんですけどね。

研修学校から帰って来て、気持ちの変化はありましたか?

戻って配属された手術室は、自分がそれまでしてきたコミュニケーション中心のケアではなく、意識のない患者さんに自分の技術を使う一方的なケアで、「自分は何をやっているんだろう。」という思いがありました。手術室に入った1年後、元旦に呼ばれて、朝10時から夜の8時まで緊急手術が3例続きました。その時「元旦に呼ばれて3人の緊急手術。これは、ここで働きなさいということなのだろうか。」と感じて、看護師をやっていく覚悟が決まったというのはありますね。

平成23年に看護部長に就任されましたが、看護師さん達の働きやすさを考えて監督、管理するのが仕事の中心なのでしょうか?




それが一番大きな仕事でしょうね。先輩看護師による指導も、厳しいばかりでは最近の看護学校を卒業した人達はついていけず、辞めていくケースが多いです。その解消のために「相手のいい面を見よう。」という「ポジティブ・マネジメント」の手法を研修に採り入れています。看護師はできていない所に目が行く否定型が多いのですが、今を認めないと次に上がれないから、自分の力を信じて、できていることをベースに頑張りましょうと。






メンタルの部分の影響は大きいですね。技術面についてはいかがでしょうか?

全体の6割ががん患者さんで、中でも白血病など血液疾患の患者さんが多いのが当院の特徴です。そのため、輸血や採血が多く、安全に血液を扱う技術は1年目からしっかりとやっています。看護師の仕事としては他の病院と大きな違いはありませんが、血液を扱う知識・技術と安全確認・観察技術については非常に高いものが求められます。

医療技術やシステムも年々進化しているようですが。


医療器具も時代とともに変わってきているので、扱う技術を再確認しながらやっていきます。復職した際に先輩看護師がついて、一定期間、技術指導や観察のための支援をみっちりとやります。心配する必要はありません。ただ復帰する際は、パソコンが扱えるかどうかをお聞きしています。医療情報がすべて電子カルテになっているので。


専門看護師の育成についてはいかがでしょうか?

当院は平成27年4月現在、専門看護師が3名(がん2名、精神看護1名)、認定看護師が19名(感染管理、訪問看護、摂食嚥下など)です。その人達にいかにうまく活動してもらうかで看護の質が変わってきます。活動日を設けて、相談があった時には院内のどこへでも行けるように環境を整備しています。資格を取るための就学中は給与面でもサポートしています。

赤十字病院としては災害時の医療救護活動が特徴的ですね。

そうですね。臨床経験3年ぐらいで災害時医療や看護についての研修を受けていただき、災害時に派遣する形をとっています。災害現場や避難所を巡回し、健康診査、血圧測定、問診などをします。「救護」の部分で当院に興味を持つ看護師も多いので、私としては、救護活動の体験をいかに「見える化」してみんなで共有するかを常に考えています。




広島赤十字・原爆病院に関心を持っている方にメッセージを。

今の力で、まずは環境の中に飛び込んでいただき、チームを組んで、隠れている力を開発する支援をしたいです。一つできれば自信が回復しますので、「私にもできる!」と思える機会をたくさん作っていきたいと思います。今まででも、復職した方がすっかりチームの一員として頼れる存在になっています。経験があり、飛び込んでくる勇気があったら、力はつくものだとつくづく思います。

<看護師のやりがいって?>
看護師は、大勢の患者さんのお世話をするのですが、気になる患者さんて、いるものなんです。自分を必要としている人を見つけ、コミュニケーションを図って、その人の気がかりとか希望を引き出し、一つでも解決してあげられるようなケアができると大きな自信になります。それが看護師の醍醐味だと思いますね。忙しい中で今日5分この患者さんと関わって、何かが発見できたという場面をどうしたら作ってあげられるか。私も頑張ります。

取材病院について

人道・博愛の赤十字精神を掲げる地域医療の拠点病院

昭和14年日本赤十字社広島支部病院として開院。昭和18年、広島赤十字病院に改称。昭和20年8月6日に被爆し、昭和31年には構内に日本赤十字社広島原爆病院を開院。昭和63年に統合されて現在の名称になった。当初は「被爆者の健康管理と疾病の診断・治療」が主な役割だったが、現在は26の診療科と血液・腫瘍治療センター、訪問看護ステーション等を運営する総合病院として、地域医療の中心的役割を果たしている。

がん診療連携と災害時医療救護活動

患者のうち6割ががん患者であり、中でも被爆後10年を経過した頃から白血病などの血液疾患を発症する患者が増え、専門の血液・腫瘍治療センターを設立し、地域の医療機関と連携を取りながら、数多く治療、相談支援を行ってきた。また、全国に92ある赤十字病院の一員として、災害時には医療救護活動に従事。広島の土砂災害や東日本大震災、阪神淡路大震災をはじめ、各地の災害に救護班を派遣している。


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